テーマ:宗教

パワースポットのパワーとは何かを考えろ馬鹿ども!!!

日本を含むこの世界にパワースポットは、たしかに存在する。そこへバスで乗り込む馬鹿どもがいる。 こういう連中が何度も押し寄せると、このパワーは、馬鹿どもの低劣な俗気によって、むしろ邪悪な場所になる。 考えよ、馬鹿ども!!! お前らは何をパワーと考えているのか。お前らが地上を汚していることに気づけ!!!   蝿がたかった糞…
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初祓い

1月9日(水)、富士市から西口昌信さんご来宅。新年恒例のお祓い。 直腸は大丈夫らしい。むしろ、私の頭の幽体が弱っているとのこと。使いすぎと妬みの念によるダメージ。 昼食を妻と三人で。デザートに、神戸の瓦せんべいをひさしぶりでいただく。   脳の影傷んでいればよく眠る  夏石番矢
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鈴木大拙のペテン

鈴木大拙の弟子、R・Hブライスが、俳句と禅を結び付けて、英語で紹介した。これがかなり噴飯物の俳句理解。 俳句のなかのことばの働き、境地についてほとんど誤解しかしていない。 この影響は、米国のビート詩人のみならず、現在でも世界のあちこちに見られる。 鈴木大拙に限らず、禅の人々を、私は信用できない。すべての文章で、述べてい…
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ゼミ生の発表完了

M大学H学部の2016年度の全ゼミ生6人の発表完了。『古事記』を軸にした比較文化のゼミ。 これまでになく、高度で面白かった。 エビス信仰、中央インドのマンガロールで行われている共食などがとくに印象に残る。 Maday Snanaというのは、唾の風呂。バラモンの食べ残しの上を不可触民が転がり回る風習。   唾の風呂…
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ひどい司会と高度な講演 国連大学にて

2016年11月9日(火)午後6時から、東京・青山の国連大学エリザベス・ローズ国際会議場開催の、 日本の国連加盟60周年記念特別イベント ハマーショルドの俳句と写真 に、鎌倉佐弓と行く。講演者の元駐日スウェーデン大使で、スウェーデン俳句協会名誉会長カイ・ファルクマン氏とは、ひさしぶりで再会。きびきびした夫人とも。 …
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抽象思考ができない日本人

日本人は抽象思考ができないのではないか? 多神教やアニミズムに抽象思考がないわけではないが、基本的に一神教的な抽象、つまりすべてに唯一神の仕掛けた整然とした秩序があるという思想にはいたらない。 一神教がすぐれているとは思わないが、多神教やアニミズムは、抽象をどこかで中断したり、拒絶する。 日本での議論がすべて、ほとんど…
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猫より小さいお釈迦様

池袋北口の商店街で、中国人女性が店番をしている時計貴石店で、小さい金属製の釈迦像を買った。どこの国で作ったのか不明。本体価格500円。 机の上にある、リトアニアで買った琥珀の猫より小さい。この猫、いつもは上から見ていたが、スキャンしてみて上を向いているのに気づく。 日本列島が、暗い気におおわれている昨今、このお釈迦様…
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『千一夜物語』を読む4 キリスト教徒への敵意

『千一夜物語』のうち、キリスト教徒への敵意が最も強烈なのは、岩波文庫版第9冊所収、 第671-714夜 若者ヌールと勇ましいフランク王女の物語 これはビザンチン帝国皇帝(フランク王)の娘で、元キリスト教徒のマリアム(マリアのアラビア語版)が、祖国や父皇帝の軍隊を撃退する。 かなりプロパガンダ的な物語。マリアムという名の…
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師と弟子

師より弟子が優れている「出藍の誉れ」はありうる。しかし、その逆の方が多いのではないか? イエス・キリストとその弟子 釈迦とその弟子 親鸞とその弟子 これらの師弟間には、「出藍の誉れ」はありえないだろう。そうすると、キリスト教、仏教、浄土真宗は、基本的に教祖の教えとは別の宗教ということになる。 イエスの弟子の弟子の弟…
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論理の迷路

明晰な論理が、人間界から消えてしまった。 個々人の相対的で、恣意的で、ときには鋭敏な、ときには微細な論理展開がみられるだけだ。 唯一神を基礎にする人たちは、その一神教を信じていようといまいと、ある一点を信じて論理を構築する。 論理が明晰であればあるほど、現実の多元性から遠い、論理のガラス細工が作り出されるだけだ。 …
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ヨーロッパ発の幻影

かつて私は、ヨーロッパ、とくにフランスにあこがれたが、いまや優れた詩人も哲学者もいない。 フランスを含め、ヨーロッパが世界に広げたもので、現在、末期的になりつつあるものがいくつかある。 1 資本主義 「成長」と利潤への信仰は終わりつつある。ピケティが言うまでもなく、資本主義は終わりつつある。社会が縮小と老化を迎えたとき、資…
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七夕と北斗七星

先週、東京・神田の天理ギャラリーで、 台湾庶民の版画・祈福解厄―幸せを願い、邪悪を祓う― という展示を見る。 ここで、七夕と北斗七星の関係を初めて知る。七夕に北斗七星(七星夫人、七娘夫人、七星娘々、七娘媽)が生まれたとされる。また羽衣伝説ともつながる。 M大H学部の古事記ゼミに新展開?   …
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ハノイの樹木信仰

2012年2月に次いで、2014年9月12日、ハノイの国立歴史博物館を、鎌倉佐弓、堀田季何とともに訪れる。この日は、祖父の命日。 博物館の中庭に、樹木信仰を表わす祠があった。 この樹木信仰は、かなり古い起源があるだろう。民間信仰としてハノイのあちこちに残っていて、どういう神様を祭ってあるかわからないと、ハノイのレー・…
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猛暑の研究会

8月5日(火)午後2時から5時過ぎまで、学習院大学目白キャンパス北2号館1005号室で、 カタリの会(仮称) に出席。呼びかけ人の同大学文学部教授兵藤裕己さんをはじめとする研究者、評論家、詩人、院生、学生など約30名参加。 川田順造「人を神に祀る風習:日本の近代化を問い直す視野で」 が約2時間の発表。赤穂四十七士…
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暖かさと「横超」

2月26日(水)午後、外出。コートにマフラーだと汗が出るほど、暖かい。自分自身の体臭も春らしくなったようだ。 来月の第二回横超忌(吉本隆明の忌日)をひかえて、親鸞論を読んでいる。これほど親鸞に親近感を吉本が抱いていたことに驚く。 「横超」も親鸞のことば。自力が竪で、他力を横と表現し、他力による飛躍的解脱を表わす。吉本の親鸞論…
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道元と釈迦

道元が「仏祖正伝の法」と考えたものが、釈迦から始まった認識が歪みに歪んで伝わったものだとしたら、座禅とは何だろうか? 日本の禅文化とは何なのだろうか?   朦朧と雪に座れば狐来る  夏石番矢   
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授業開始とロシアからの質問メール

4月11日(水)、雨がちの天気。午後、M大学H学部Sキャンパスの2コマの授業を開講。学生も緊張しているが、私も緊張していた。 暗い満員電車に乗って帰宅。夕飯をすませ、ロシアの若い翻訳家からのメールによる質問に答える。世界俳句協会ホームページのPoetryにアップしている夏石番矢の俳句。 http://www.worldhai…
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講演原稿書き始める

第21回メデジン国際詩祭のための、英文講演原稿を書き始める。題して、 Stupidity and Poetry 約半分書いた。やはり、東日本大震災や福島原発爆発について触れた。広島の被爆詩人、峠三吉の「炎」の最終部も、原文と夏石による翻訳も引用。 1945, Aug. 6 まひるの中の真夜 人間が神に加えた たし…
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読み初めは新約聖書

今年の新年は、父の喪中。質素に過ごす予定。昨晩から寝床で読んだのは、新約聖書の「ヨハネによる福音書」。人間の根深い愚鈍さを、イエス・キリストが繰り返す嘆きと怒りから再認識する。 2010年は、日本のメディアや検察、そしてその裏の勢力は、選挙による政権交代を無意味なものにしようとした。日本のメディアの愚鈍さは、いささか常軌を逸してい…
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曾祖父は千日前で交通事故死

大阪の千日前で、曾祖父乾市太郎は、交通事故で死んだ。1929年(昭和4年)10月19日。その示談金も仲介者にだまし取られた。乾家はこういう、お人よし一家。 ところで、千日前は、千日念仏回向に由来し、そのあたりに処刑場と火葬場と墓場があった。 1972年の千日デパートの火災事故も、記憶に残る。いまそこは、ビックカメラ・なんば店…
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『古事記ノート』(4) 天之御中主神の正体

『古事記』に最初に登場する神、天之御中主神が、作り上げられた神ではないと主張したのは、文化人類学者の大林太良。その著書『日本神話の起源』(角川書店、1973年)では、次のような考えが示されている。 アメノミナカヌシは、天の中心に生まれた天を支配する創造神である。(23ページ) 皇室の祖先は、アルタイ語族系の征服者であった。ア…
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ニコライ堂にはじめて入る

1月10日(木)午前、M大学H学部教授会の前に、お茶の水のニコライ堂に、はじめて入る。1974年に郷里の相生から上京してから、一度もニコライ堂に足を踏み入れたことはなかった。      ロシア正教の聖堂とは知っていたが、ハリストス(キリスト)の「復活」を、メインにうたった大聖堂。正式名称は、 東京復活大聖堂教会 …
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水の神殿、ザグーアン

チュニジアの水の神殿は、ザグーアン(Zaghouan)にある。 水の神殿には、車で坂を登ってたどりついた。途中の民家でブーゲンビリアが咲いていた。1月末というのに咲いているのだから、チュニジアは暖かいのである。     裏山おがむ水の神殿ブーゲンビリア  夏石番矢(『地球巡礼』) ザグーアンは、町の名前…
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自句自解(2) 智慧桜

風花さんのご要望により、次の句の自句自解を試みてます。あくまでも、皆さんの鑑賞の参考にしていただくため、作者の妄言を連ねてみます。     智慧桜黄金諸根轟轟悦予  夏石番矢     出典 句集『巨石巨木学』(書肆山田、1995年、32ページ) この句には、平仮名でルビが振られています。このブログでは、ルビを振れないの…
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チュニジアの聖地(5) 割礼モスクと帰路

タクシーの運転手は、ケルアンからチュニスへ帰る前に、どうしも連れてゆきたいところがあると言う。 彼が割礼を受けたモスク。 このモスクが、どういう名前で、どういう町にあったのか、私の記憶にも、記録にも残っていないが、写真だけは残っている。 ケルアンの大モスクほど由緒のあるモスクではなくとも、やはり中庭はすがすがしい。気持…
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チュニジアの聖地(4) 大モスクの謎

ケルアンの大モスクには、ギリシャやローマを思わせる大理石の円柱が使われている。 上端(柱頭)に、植物のモチーフが彫刻されている円柱を、そこここで見つけることができるのである。 ローマ帝国やビザンチン帝国時代の神殿や邸宅などの円柱を、建材として転用しているのだろう。とくに最初の写真の2本の円柱は、本来、左右対称であ…
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チュニジアの聖地(3) 大モスクからの青空

ケルアンへの七回の巡礼と、メッカへの一回の巡礼が等しいと、フランスの文豪ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)は、旅行記『チュニスからケルアンへ』で述べている。彼は、1887年12月に、アルジェリアからチュニジアを訪れた。私が訪れる110年前のことである。 110年前のモーパッサンは、大モスクの礼拝広間にも入り…
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チュニジアの聖地(2) ケルアンの大モスク

ケルアン(Kairouan)は、イスラムが北アフリカを征服するさいの最初の拠点となった場所。イスラム四大聖地の一つ。 この古い都市に、アフリカ最初のモスクである、大モスク、別名ジェマ・シディ・オクバ(Jema Sidi Oqba)がある。このモスクは、西暦670年に創建された。日本では、天智天皇の没年の前年にあたり、創建当…
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チュニジアの聖地(1) ケルアンへの大爆走

1997年1月、パリからはじめてアフリカ大陸へ飛んだ。あれから、もう10年が過ぎ去った。私のアフリカ旅行は、このときのチュニジアだけにとどまっているが、その後、アフリカ出身の詩人と出会ったさい、とくに相手がイスラムだと、ケルアン(Kairouan)に行ったことがあると言うと、向こうが親近感を示してくれる。チュニスからケルアンまでの長旅を…
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沖縄の聖地(1) 漲水御嶽

日本各地を旅行するとき、私はほとんど必ず神社やお寺などにお参りしている。その土地の歴史がよくわかるし、思いがけない発見がときどきあるからだ。観光客があまり訪れない神社でも、探し回ってたどり着くこともある。人がいない聖地の方が、その聖地本来の姿を示してくれる。 これまでで最も印象深い日本国内の聖地が、1999年12月に訪れた、沖縄の…
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