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help リーダーに追加 RSS 「吟遊」第37号締め切りと多言語連句書評

<<   作成日時 : 2007/12/14 09:19   >>

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12月15日(土)は、「吟遊」第37号の締め切り。海外からの寄稿で目玉は、マケドニアのアカデミーに属するカータ・クラコワさんによる、カジミーロ・ド・ブリトー 夏石番矢『連句 虚空を貫き』(七月堂、2007年)書評。

日本語、ポルトガル語、英語、フランス語の4言語の共著の書評者がなかなか見つからず、ようやく彼女が快諾してくれた。

彼女も、多言語句集を、2008年に出版するとの知らせは、すでにメールで届いている。

カジミーロとのこの連句本の影響は、海外、とくにヨーロッパで小さくないが、日本の編集者や俳句マニアは、ほとんど理解していない。

    北斎の寂しさ北風あるいは雀  夏石番矢


参照
カジミーロ・ド・ブリトー 夏石番矢『連句 虚空を貫き』
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0011016427

『連句 虚空を貫き』書評、明大広報に掲載
http://banyahaiku.at.webry.info/200712/article_6.html




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「吟遊」第37号校正中
12月29日(土)、嵐山町より戻り、仮眠してすぐ、「吟遊」第37号の初校ゲラが届く。 ...続きを見る
Ban'ya
2007/12/30 02:19
「吟遊」第37号初校返却
越年の仕事、「吟遊」第37号の初校を、1月6日午後、七月堂へ返却した。鎌倉佐弓と校正を担当し、各執筆者のチェックを受けた原稿もある。 ...続きを見る
Ban'ya
2008/01/06 14:04

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内 容 ニックネーム/日時
 日本の俳人は詩を哲学する能力に乏しい。そこで、詩は翻訳不能であるとまことしやかに聞かされればそれを信じ、俳句はポエムであるから日本語で作られねば価値がないと、俳句と自身が日本に生まれたことを、自慢したりする。世界の誰も注目していないのに。世界が注目するのは、芭蕉や一茶、蕪村、子規など、鬼籍の俳人ばかり。夏石さんはじめ多言語俳句派の俳人、翻訳者の仕事を除けば、現代の日本の俳句は、英語に翻訳できないことを誇らんばかりに日本に淫している。これ、世界から見れば、無に等しい。
 詩は翻訳不可能。これは事実。ただし、俳句を除けば。ということに日本の俳人は気がついていない。俳句は翻訳可能な詩であり、翻訳可能であるという点でmeta-poetry「超詩」。俳句を作る世界の詩人は、この「超詩」をすでに哲学し終えている。俳句は超詩であり、翻訳不可能な俳句には価値がないことを彼らはすでに知っている。世界に通用するものではない季語と「てにをは」の斡旋で五七五のお化粧をし、どうでもよい些事を詠むことを俳句だと思っている、そういう俳人と編集者が「詩」を語る日本は、遅れています。
獅子鮟鱇
2007/12/15 12:48
鮟鱇さん、あんまり日本の俳句愛好者をびびらせないでください。臆病なのです。
Fujimi
2007/12/23 03:48

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