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help リーダーに追加 RSS 11月11日は自戒の日

<<   作成日時 : 2007/11/12 00:00   >>

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1973年11月11日は、私が高校2年生のとき交通事故に遭った日。模擬試験の帰り、闇も深まる逢魔が時(おうまがとき)だった。ちょうど高校2年生の娘に、このときのことを話した2007年のこの日は、雨。あまり寒くない雨が、しだいに冷えてゆく気候だった。

この二つの11月11日の間に、34年の時間が過ぎ去った。

老いた両親が暮らす、ふるさと相生も変わった。日本も、世界も変わった。どう変わってゆくのかは、明確ではないが、これまでのシステム、常識が通用しなくなることはたしかだろう。

とまどいと不安が蔓延している。

空き家ありしぐれは歩道を闇にする  夏石番矢

三十四年の月日はあるかあらざればこのひとときのあわれもなからん  夏石番矢


参照
淳心学院の思い出(6) 交通事故と卒業
http://banyahaiku.at.webry.info/200611/article_22.html










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コメント(5件)

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参照と、あわせて 読ませて いただきました。
まるで、物語を読んでいるみたいでした。

番矢さんは、すてき ですね (^_-)-☆ぱちっ
とっても すてき です。
ゆき
2007/11/11 19:40
ゆきさん、ご病気はまず本人が直りたいと心の底から思えるかどうかが、第一のようです。汚いこの社会から、身を引きたいという思いが強くありませんか? いい息子さんをお持ちですね。
Fujimi
2007/11/11 19:56
こんばんは Fujimiさん
 (少し長くなりますが)
そうですね。
汚い社会から、身を引きたいと思ったのは、小学生のころでしたか?
わたくしは、死にかけた経験が二度ほどありますので、そんな事を考えたのでしょうか。
…早熟だったのですね(笑)…
青臭い社会正義は、中学の漢文の時間に習った…李白か、杜甫でしたか…
それらを読んで、色々考え、卒業する事にしました。

これから先、学生で無くなるという事は、不安な事です。
現実社会と向き合わねばなりません。
好きなことに没頭できない、整った環境下で暮らせない、現実が待っているということなのです。
学生だったわたくしは、ずいぶんと、一人で悩みました。

生きるという事は、渾然一体・混沌とした社会の中で、いかに、自己を保ちながら人生を真っ当するか?
に、かかっていると思われませんか?
そこに至るまでの間、いくつかの、納得行かない出来事に、巻き込まれたりもしました。
が、義憤よりも、まず、それらに意味を見出すよう、努力だけは怠らないよう生きてきました。
心の葛藤は、生きる証です。
ゆき
2007/11/13 05:26
…続きです…(500文字以上のため)
現在、わたくしは、得体の知れない痛みと戦う日々で、苦しんではおりますが、心のうちに ”神さま=祖先”
を見いだし、暮らしております。
そこにいたるには、特別な修行も、知識もいりませんでした。”自然と湧いてくる神様”でした。
常に、わたくしに光を当て、見守ってくれ、心を豊かにしてくれます。
(こうして書くと、「この人 頭がおかしんじゃない?」 と、あやしい人に思われそうで、誤解を招きそうで、不安です(笑) )

たとえばこのように、不思議としか言いようのない縁で、Fujimiさんと、交流させていただいておりますこと。
心豊かな、幸せな時間です。交流できる幸福感は、何物にも変えがたいわたくしの宝なのです。
感謝しています。
ゆき
2007/11/13 05:28
息子のこと。。。
情報過多の世において、プレッシャーをかけずに、育てようと決めておりました。
人と同じ足並みで育ちませんでしたが、おかげさまで、時間をかけた分だけ、心豊かに育っているようです。
人の気持ちのわかる、話のわかる、人に配慮できる、心やさしい青年に育ちました。
私の自慢できる作品・子供です。ありがとう。
ゆき
2007/11/13 05:28

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