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zoom RSS 『ラカンで読む寺山修司の世界』感想

<<   作成日時 : 2007/03/15 00:01   >>

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野島直子『ラカンで読む寺山修司の世界』(トランスビュー、2007年3月、本体価格3800円)が届いた。著者のサイン入り。

私も寺山の俳句論を書いたことがあり、その論に批判的に言及したり、句の解釈を好意的に引用してくれている。これもうしいことだ。

父性や母性は、いまの日本で論じても、しかも西洋発の心理学で論じても、いびつさが生じるだろう。

ところで、私の卒論は、ロートレアモンの『マルドロールの歌』についての、母性と父性論で、へたなフランス語で書いたもの。春日井健の短歌の仏訳を自分で行い、各章のエピグラフとして引用した。指導教官は、今年1月に他界された阿部良雄先生。

東京大学教養学部フランス分科に、1979年新年に提出した。

あれからもう、28年たってしまい、私の評論が、京都の才媛によって引用され批判される時代となった。

精神分析には、実は正解がない。とくに治療にあたる医師がこう言う。才媛野島直子さんは、ラカンを信じているようだが、私は信じない。
けれども、ラカンを軸に寺山修司で一冊の本を書いた力量には敬意を表明したい。

    ラカンラカンと唱え続けて本生まる  夏石番矢 

野島直子さんは、1957年生まれ。京大卒。

野島さんの本の努力はおおいに買うが、いささか不毛さを感じるのは、著者がラカンをあまりに信じきっているからかもしれない。信じる者は救われる?

野島さんのことを言っているわけではないが、近年の人文科学系の研究者は、複雑な論理や分析を得意げに展開するが、大切なポイントから大きくはずれることがしばしば。これは構造主義の後追いを日本で始めてからと、私は認識する。
この指摘は、老人の愚痴にも近いが、的ははずしていないだろう。

たとえで言えば、緻密なガラス細工が、構造欠陥を内包しながら組み立てられ、その完成品はいつでも崩壊しうる。

    ガラス細工の寺山修司を論じて羅漢  夏石番矢









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ラカンの精神分析
新宮一成著「ラカンの精神分析」講談社現代新書 1995 ...続きを見る
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2007/03/15 10:53

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