テーマ:ふるさと

二人の俳人の逝去

新興俳句系の最後の存命俳人の伊丹三樹彦(いたみみきひこ)さんと、自由律俳人の来空(らいくう)さんのお二人が、同じ2019年9月21日に他界された。 これを知ったのが、ここ数日。秋のお彼岸に亡くなられたのは、逝去の日としては、お見事としか言いようがない。私は第10回世界俳句協会大会を終えて、ダウンしていた日。 ご冥福をお祈りし…
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墓じまい

お盆のころとなった。先月、故郷の兵庫県相生市の相生墓園の乾家の墓を、廃棄した。これにあたってくれた姉たちは、「墓じまい」と呼んでいる。 両親が存命中は、暑い夏に帰省し、山の中腹にある墓へ、徒歩もしくは車で参ったものだ。そして、汗びっしょりになって草抜き。 相生での墓参 http://banyahaiku.at.webry…
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稲の花を見た

2019年8月9日(金)正午すぎ、富士見市の某所で、稲の花を見た。これも何年ぶりかわからないほど、ひさしぶりのこと。 18歳まで住んでいた郷里の相生市の水田とは違うが、その間を縫うあぜ道を歩いていると、やはり思い出すことがある。郷里では、稲の花は9月ごろに咲いていて、夏の暑さが過ぎ去り、涼しさが漂っていた。 …
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オリンピック本部だった帝国ホテルと表彰状

1964(昭和39)年秋の東京オリンピック開催時、私は兵庫県相生市菅原町の生家に住んでいた。この生家からさらに高台に父が建てた家に移転するとは予想もしなかった。 相生 生家の記憶(1) http://banyahaiku.at.webry.info/200612/article_17.html 相生 生家の記憶(2) …
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わが先祖探し(4) またいとこと墓参

2017年11月20日(月)午前10時、宿泊先のホテルロータス神戸ロビーで、またいとこのS・Sさんと初めて出会う。 メールと電話でのやりとりは、すでに前年2月2日からあった。 またいとこからのメール 曾祖父乾市太郎について http://banyahaiku.at.webry.info/201602/article_2.…
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わが先祖探し(3) 都賀川

わが先祖は、乾姓をすでに紀州の雑賀衆時代から持っていただろう。 現在の大阪城あたりにあった 石山本願寺 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E9%A1%98%E5%AF%BA での石山合戦で織田信長軍に敗れて、おそらく船に乗って、神戸の都…
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わが先祖探し(2) 善立寺と乾家

2017年11月18日(土)午後、初めて訪れた善立寺で、パンンフレットをもらい、神戸の篠原在住の乾家のルーツを知る。 「浄土真宗本願寺派 神戸東組寺族青年会 てるてる坊主⑮」収録 善立寺住職 松岡文昭「神戸東組お寺めぐり⑮ 浄土真宗本願寺派 瀧上山 善立寺」 神戸東組寺族青年会、神戸市 2013年1月1日発…
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わが先祖探し(1) 善立寺

2017年11月18日(土)午後、神戸市灘区大石北町にある善立寺(ぜんりゅうじ)を初めて訪れる。 阪神大石駅南徒歩10分のところ。わが乾家ゆかりの寺。 善立寺 http://www.kobe-zenryuji.jp/   寒波連れ蓮の宿へと小悪人   大男大道くぐって古寺へ  夏…
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帰巣本能? 高祖父探し

神戸市灘区大石北町の 善立寺 http://www.kobe-zenryuji.jp/ に、父方の高祖父、明治32年10月10日死亡の乾與兵衛(いぬい よへえ)について、照会した。 さて、いかなる結果が出るか? 曾祖父、乾市太郎の父親。 曾祖父乾市太郎の名刺4枚 http://banyahaiku.at…
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今治市での既視感 「矢野」が核

2017年10月28日(土)か、29日(日)か、愛媛県の広い今治市内を、たかはししずみさん運転の自動車で移動中、かなり明確な既視感(déjà-vu)が起きた。 なぜか気になる徳島市矢野 http://banyahaiku.at.webry.info/201312/article_2.html …
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やはり夏は揖保の糸

冷夏かと思ったら、日中は30度を超えるようになった。こうなると、胃腸が弱る。 そういうときでも、ふるさとの播州素麺、揖保乃糸は、するする口に入る。 長姉夫妻が贈ってくれた黒帯は、たしかにうまい!!! 素麺太りに注意しなくては……   閻魔大王投げ飛ばす黒帯の素麺   黒い心臓とまったく無縁ふ…
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鳴らない目覚まし時計

かなり長い間使っていた目覚まし時計が壊れた。 妻が1台ネットで注文したところ、鳴らなかった。そしてもう1台も同様。 次に、長く使っていたものに近いものを買った。さて鳴るだろうか? 私にとっての最初の目覚まし時計は、中学1年生のとき、たしか長姉が買ってくれた1台。兵庫県相生市菅原町の、国道2号線を見下ろす実家玄関脇の自室…
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義兄の訃報

9月19日(月)、兵庫県相生市相生(鰯浜)在住の義兄T・Hが亡くなった。家族葬なので、見守るだけ。 実は、昨夜から眠れなかった。 1974年、東大1年生だった夏、帰省したら、漁師の息子であり、当時IHI社員だった義兄が私を乗せて、小さい船で相生湾をみずから櫂で漕ぎ出してくれた。 海面に、規則正しい間隔の縞模様が広がり、…
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短歌雑誌「星座」へ方言についてのエッセイ

短歌雑誌「星座」(尾崎左永子主筆、かまくら春秋社)へ、リレー連載「アッパレ お国ことば」向けのエッセイ「兵庫(一) 父母の最晩年のことば」を送る。 もう一回同じ分量のエッセイを寄稿予定。 さくらさくら「手えにぎってえな」と言う母置き去りに 夏石番矢
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小学生時代の書初展入選証

1967年1月の、 第8回姫路教育書道会書初展 の入選証。 何を書いたのか覚えていない。入選した自分の書を見に行った記憶もない。 相生市の駅南東の書道塾に通い、姫路から来ていた美人の先生の指導で、出展したと記憶している。この書道塾はN家の納屋を改造したもの。駅前再開発のため跡形もなく消えてしまった。 …
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3月7日

3月7日(金)、日差しは暖かく、風が冷たい。福島第一原発は、ますます壊れていっている。 この日は、私の誕生日、7月3日の逆で、郷里の相生市の近所のおさななじみのS・Tさんの誕生日。弟のH君ともども、幼稚園に入る前から小学校高学年までよく遊んだ。最後に会ったのが、中学1、2年。看護婦になったと聞いている。再会することもたぶんないだろ…
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姉からのファックス 赤穂浪士の俳諧資料、相生の寺から発見記事

赤穂市在住の姉から新聞記事2つファックス。赤穂浪士の一人、神崎与五郎の資料が、相生市の明顕寺で存在が確認されたとのこと。この寺の住職に父母の葬儀で読経してもらったが、現在は菩提寺ではない。 大高源吾、萱野三平と並んで、神崎が赤穂藩俳諧三羽烏と呼ばれていた。神崎の俳句自体は今回の資料にはない。   赤穂浪士の手紙が眠る冬の寺 …
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小学校卒業写真

私は、乾昌幸として、昭和43年(1968年)3月に、相生市立双葉小学校を卒業した。卒業アルバム中の集合写真。 小学6年のときの写真 わが母校も移転し、この校舎はもうない。校舎跡には温水プールができた。一番低いところにあった運動場は残っている。この集合写真のバックにある校舎から運動場まで下る階段はなくなった。卒…
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第15回東京相生会

10月19日(土)午後12時から3時過ぎまで、第15回東京相生会が、東京・築地のJKK会館で開かれた。兵庫県相生市出身者が年に1回集まる会。 私は今回初めて招待状をもらい、出席してみた。 まず、相生市立双葉小学校昭和43年卒同期の、深井和宏君に、小学校卒業後45年ぶりで出会う。お互い大きく変貌していた。小学校…
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揖保乃糸で暑さをしのぐ

8月半ばからの暑さに閉口している。午後の数時間が耐え難い。それでもなるべく冷房を使わず過ごしている。あの東電には、一切電気料金を支払いたくないが、払っている。 福島第一原発の事故処理を満足にできない東電を通じて、日本の戦後のデタラメが見えてくる。 ところで、この暑さで、ご飯を食べられなくなるとき、郷里のたつの市の素麺、揖保乃…
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ハザラ人、月氏、秦氏

クシャン朝ペルシャは、月氏(YuezhiあるいはRouzhi)によって樹立され、1世紀~3世紀に栄えた北インドの帝国。月氏は、インド・ヨーロッパ語族とされているが、モンゴロイド系ではないとはかぎらない。 多くの部族からなる月氏のうちでも、クシャン朝ペルシャではトカラ人が主力との説もある。 トカラ列島は、日本の南西諸島にある。…
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旧実家の現在

8月15日(木)、義理の甥の、I・S君から突然メール。兵庫県相生市の私の旧実家に住んでいる。写真も添えられていた。 このブログの下の記事を読んで、配慮してくれたのだろうか? 実家のないお盆 http://banyahaiku.at.webry.info/201308/article_18.html I・S君…
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父の出生地 神戸・雲井通3丁目

8月1日は、亡父の誕生日。先月訪れた神戸で、父の生まれたあたりを歩いた。神戸市中央区雲井通3丁目。 2010年5月16日にも、ここを訪れた。子どもの頃、父に連れられて来たかどうかは記憶にない。 神戸へそして帰宅へ http://banyahaiku.at.webry.info/201005/article_21.h…
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吟遊カルメン句会大成功!!!

7月7日(日)午後1時より、多言語の吟遊カルメン句会。 「吟遊カルメン句会」のお知らせ 7月7日(日)神戸・三宮 http://banyahaiku.at.webry.info/201306/article_20.html 8人出席。初対面は、竹内順子さんと野口裕さん(写真に写っていない)。 投句も、論…
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神戸で墓参

7月5日(金)午後3時ごろ、新神戸着。ホテルにチェックインして、篠原墓地へ墓参に。防草マサツチのおかげで、草が一本も生えていない。 六甲山に霧が湧き、湿度が高い。 夕方、スペイン料理カルメンへ。赤ワインとスパゲッティをいただく。7月7日(日)の吟遊カルメン句会の賞品、夏石が羊毛で書いた色紙を、オーナーの大橋愛由等さんに渡す。…
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これから神戸へ

7月5日(金)、朝起きると雨。気温は高くない。昨晩、3言語版『ブラックカード/ Black Card / Tarjeta negra』(Cyberwit.net, India, 2013)の校了に漕ぎ着ける。 これから神戸へ。 横断する日① 俳句朗読急遽決定!!! 大阪 7月6日(土) http://banyahaiku…
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中華民国の古銭 ささやかな遺産

7月5日(金)より、神戸3泊、大津1泊、名古屋1泊。 父祖の地神戸へ行くにあたって、子供のころから、相生市の実家にあった古銭を磨いてみた。父母が、新婚生活を過ごした神戸から持ってきたものだろう。 中国湖南省で中華民国が鋳造した古銭で、當制銭20文。表が中国語、裏が英語。 中国語が記された方の、右には、五…
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相生らじお「ほんのひととき」2月号 夏石番矢特集を動画に

相生らじお「ほんのひととき」2月号 夏石番矢特集を、写真を付けた動画に仕立てて、YouTubeにアップした。はじめての制作動画。 http://youtu.be/gsgKm-6cCg8 写真は、このブログにアップしたものから。 1 生後まもなくの写真。1955年夏、相生市菅原町の生家にて。 2 母に抱かれて。19…
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相生らじお「ほんのひととき」2月号 夏石番矢特集 

インターネットラジオ局 相生らじお「ほんのひととき」2013年2月号は、夏石番矢特集、 さて、今回の特集は、相生出身の作家、夏石番矢です。 学生時代から俳句を始められ、たくさんの句集や俳論をこれまで出版しておられます。 また、世界俳句協会を立ち上げ、いろいろな国の人々に 俳句を紹介する活動を続けていらっしゃいます。 俳句は…
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実家との決別

1月19日(土)午後、相生市菅原町の実家の土地と家屋の相続を、長姉のC・Mに一括して譲るとの遺産協議書に署名捺印する。 次姉はこれから乳癌の手術。 今後私の夢にこの家が出てくることがあるかもしれないが、これで実家ともお別れ。いずれ甥一家が住むことになっている。 この甥も幼いころ、この家によく泊まりにきた。そのころは、古…
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