カミュの墓

カミュの『ペスト』を読んでいる間、かつてカミュの墓を訪れて、写真を撮影していることを思い出したものの、どのアルバムにしまったか忘れていた。家じゅうのアルバムをめくって、ようやくその1枚を探し出した。

la tombe de Albert Camus 1996 12 10.JPG

南仏ヴォークリューズ県ルールマランの墓地。1996年12月1日に訪れている。在外研究中、エクサン・プロヴァンス在住の日本学者A・D氏に車で案内された。

このとき、カミュの墓石のきめの粗い質素さに驚き、かつての人気を誇った文学者ながら忘れ去られるのでないかと思った。

あれから24年、カミュの『ペスト』を読むことになるとは予想できなかった。

『ペスト』を読み終えて、1960年1月4日のカミュの交通事故死は、イギリスの元皇太子妃ダイアナのパリでのそれを私に連想させる。彼女の交通事故死は、在外研究中のブルターニュで知った。英国王室の名誉を汚すダイアナは消えてもらわなければならなかったのである。

カミュの場合は、彼が批判した左翼全体主義のある勢力、たとえばソ連のKGBのエージェントによる暗殺ではないかと思う。『ペスト』でも、共産主義勢力の殺人をいとわない残忍さを、登場人物タルーを通じて徹底的に批判している。

いま新型コロナウイルスが、世界制覇をもくろむ共産主義国家中国から全世界へ拡散しているのは、とても暗示的だ。中国経済に頼ったり、中国人と接触の多い地域に、このウイルス感染者が多い。事態は、すでに二次感染、三次感染へと悪化している。

カミュの『ペスト』の末尾で、ペスト終息記念祝賀会に浮かれている人々とは違って、主人公リウー医師は、ペスト菌は消滅したのではなく、復活を期して何十年も私たちの身辺で眠っていると述べているのは、カミュの明察である。

  小さな王冠増殖カミュの墓石あはれ  夏石番矢


参照
アルベール・カミュ『ペスト』通読
https://banyahaiku.at.webry.info/202003/article_15.html



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