アルベール・カミュ『ペスト』通読

新型コロナウイルス感染蔓延とともに、また読まれ出しているのが、ノーベル文学賞を受賞した、アルジェリア生まれのフランス文学者アルベール・カミュの小説『ペスト』(1947年)。これを和訳で始めて通読した。

アルベール・カミュ『世界文学全集39 異邦人・ペスト・転落・誤解』(新潮社、1960年)

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『ペスト』は宮崎峯雄訳。当時実存主義が流行し、カミュが1月に交通事故死した年の3月出版で、よく売れたようで、私が手にしているのは、同年4月の4刷。

発表されてから73年経過しているが、最初はやや退屈に思えたが、約2日間で夢中になって読み終える。

この小説は194X年4月16日から翌年の2月までの、当時フランス領だったアルジェリアのオランが舞台。

この実在の都市では、ペスト蔓延はなく、1847年にコレラが流行している。

主人公でこの小説の語り手ベルナール・リウー医師の診察室のある建物での一匹の鼠の死から始まり、その建物の門番ミッシェル老人がまずペストで死に、オラン市に次第に死者多数を出すペスト感染が広がって行き、その蔓延がいつ終わるともわからない約10か月、リウー医師、自由人タルー、パヌルー神父、逃亡犯コタール、新聞記者ランベール、臨時公務員グラン、喘息病みのスペイン人の老人たちが示した言動が、リウーの語りとその親友となったタル―の手記によって記録された格好となっている。

小説の途中でペストで死ぬのは、パヌルー神父とタルー。後者は名言されていないが、社会正義のため共産主義活動を担ったが、そこにも残忍な不正義があると悟って活動から離れた男で、職業不明。

新型コロナウイルス感染も、この小説のペストのように10か月続くとなると、世界は大混乱に陥る。

この小説では、カミュの卓抜した認識が表明されている。キリスト教徒の信じる神によっても、共産主義によっても、この世は救われない。しかし、ペストという大災厄は通常の人々を不幸にもするが、再び幸福も回復され、ペストを忘れる。たいていの人は、災厄や不幸を克服するのではなく、忘れるだけなのである。

タル―は手記にこう記している。「誰でもめいめい自分のうちにペストをもっているんだ」

リウーとタル―は、人間的な次元を超えた問題にペストを通して直面したが、明確な答えは得られなかった。

リウーがときどき回診に訪れる喘息病みの老人の、超時代的で道化師的な達観も、この小説に奥行きを与えている。老人はいつも、豌豆を数えて時間を測っている。

21世紀の私たちはいま、一都市に限定されない全世界的な新型コロナウイルス感染をどのように克服でき、どのような認識を得るのだろうか?

  神に届かぬ小さな王冠の問いかけ  夏石番矢
 

  























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