娘の自転車との別れの儀式

富士見市内のアパートで数年間の一人暮らしののち、今年の10月からT市のマンションで新婚生活を送っている娘が、自転車をわが家へ持ってきた。

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娘が2009年から乗っていたもので、かつてはわが家の庭に置かれていた。市内のアパートに引っ越しても使っていた。娘の不調時代も、使っていた。ときどき、鶴瀬駅前の駐輪場やアパートの前にこの自転車があるかないかを確認して、さまざまな思いを抱いた。

約10年にわたり娘が使用した自転車は、いま古巣でひととき休息している。

私も妻も、自転車に乗らないので、廃棄処分となる。12月20日に業者が引き取りに来てくれる。それまで毎日、この自転車を見るのが、お別れの儀式。

  あの十年飾る自転車の二輪の停止  夏石番矢





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この記事へのコメント

あの十年
2019年12月07日 06:45
よく見かける使い古された自転車ですね。私は上京以来自転車には乗りませんでした。高校時代に自転車通学だったので飽きもありました。句の最後の【二輪の停止】に物悲しさが漂うのを感じます。いつだったか帰郷すると、いまは亡き母が物置に私の自転車を取って置いてくれたのを覚えています。廃棄されるというのは残念な限りです。
あの十年
2019年12月07日 11:24
二輪の停止、という言葉がうら寂しさを感じます。取って置くという方法もあったのでしょうが。
Fujimi
2019年12月09日 12:09
広くない敷地ですので、処分は仕方ありません。この「月面」こと庭は、来客用の駐車スペースです。