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zoom RSS 高橋和巳『悲の器』読後感想

<<   作成日時 : 2018/10/25 00:00   >>

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高橋和巳の長編小説『悲の器』を、自宅で風邪で寝込んでいる間に読了した。

読了して、この小説のポイントは何かはっきりしない。必ずしも成功作ではない。

ただ一つ明確に言えることは、法律のわからない法学部教員を、1987年から31年務めてきた私の経験から、この小説が書かれたときとは違って、東大法学部を頂点とする日本の法学部、法学界、法曹界、国家官僚のレベルが大幅に落ちたことだ。

それは、国を挙げて創設した法科大学院の大失敗に端的に表れている。

主人公の正木典膳(なんとも時代錯誤の命名)は、内縁の妻であり家政婦だった米山みきから訴えられ、学生紛争にも巻き込まれ、裁判の決着がつかないうちに、学部長を辞職し、教授としても辞職前提の休職となる。

友人や姻族からの、退職後のポストの斡旋も断わり、社会的地位をすべて失うが、生活は退職金と年金で困らない。

何を信念として生きてゆくかも書かれていないが、小説は主人公の生きてゆく意気込みの告白で終わる。

高橋和巳は、戦中戦後のさまざまな人間の身の処し方については、『散華』などでもうまく小説に取り込んでいる。

正木典膳の戦中の検事への転身も、モデルがあったのか、うまく設定している。それが私生活で失敗して、社会的地位がこれから頂点へと登ろうとする寸前で、米山みきのによる告訴で見事に転落する。

高橋和巳の小説のなかの「白痴」は、この『悲の器』の主人公の幼年期回想でも登場し、東大法学部長という主人公の身分の対極として暗示的に描かれる。

幸福は、論理や学問や社会的地位にはなく、「白痴」の一見悲惨で愚鈍に見える全身全霊の感情表現や行為にあると、高橋和巳は示唆しているのだろうか?

全集を1万円で購入した高橋和巳の作品をたくさん読んだわけではないが、同じく「白痴」の登場する短い『貧者の舞い』の方を私は好む。戦後の貧民街を舞台にした短編だが、文体もハリがあって美しく、とても濃密な暗示に満ちている。

現在は、こういう貧民街が消えて表面的にはきれいな街並みが日本全国に広がったが、人間の存在感や幸不幸の密度は、なんと薄まってしまったことだろう。

  日光満ちることなきわれらが肉の器

  白痴が差し出す泥饅頭の幸福  夏石番矢

追記
高橋和巳の小説に同調しながら読んでいると、お先真っ暗な閉塞感に陥る。こういう小説を書いていると、命を縮めるのが実感できた。高橋和巳の論理力や聡明さはよく理解できたが、その出口がない。絶望の中からにじみ出てくる希望が欲しい。




















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