年末の雨と伽耶

12月27日(火)雪にはならず雨。このところ、よく眠っている。仕事は一時凍結。

よく眠りながらも、さきたま古墳群・稲荷山古墳出土の鉄剣銘について、「ワカタシロ大王」は金海(金官)伽耶の第8代銍知王(在位四五一年~四九二年)との説を「埼玉新聞」に発表したので、改めて日韓古代史関連の本を読み直している。

いい加減な本も多い。ある韓国人が、伽耶諸国が大伽耶(高霊)と安羅伽耶だけだと説くのは、単純化しすぎのとらえ方。分立した連合国群の王統の残された記録も、実はあまり確実ではない。

しかし、この伽耶(加羅、駕洛などとも表記する)諸国、とくに金海伽耶が、古代日本にかなり大きな変化をもたらしたのを、現代日本人は知らない。神話、須恵器、鉄器、稲作、宗教などをもたらしたのは確実。

かつて、須恵器の破片を、郷里の相生市の鮎帰川の砂洲で拾ったことがある。

また相生の近隣、室津の瀬戸内海沖合に唐荷島がある。元来は、韓荷島。

唐荷島
http://www.muro-shimaya.jp/karanisima.htm

  この島に置いてけぼりの神殖える  夏石番矢

しかし、金海伽耶初代首露大王からして、北方系モンゴロイド、王妃は南から船で流れ着いた南方系。

伽耶系の埴輪に、ユダヤ人特有の帽子を被り、顎髭や揉み上げを伸ば放題している男子像がある。

渡来してきた伽耶の人たちも、単一民族ではないようだ。






















  









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この記事へのコメント

2016年12月28日 10:36
ボストンに日韓の御夫婦が経営していたKaya(伽耶)という名のレストランがありました。当時は韓国の古い地名を使った、例えば日本でいう大和のような、象徴的なレストラン名だと思っていましたが, 埼玉新聞の記事を読んで伽耶は倭国との関係が深く伽耶にとって倭国は最も近い外国、即ちレストランの名はこの御夫婦の関係を象徴したものだった、と理解できました。
2016年12月30日 17:59
古墳から出土の埴輪に、ユダヤ人そっくりの髪形をし、帽子をかぶった男子像がありますが、一緒に渡来してきたのでしょうか?
伽耶の人たちも単一民族ではないようです。
2016年12月30日 20:22
ユダヤ人の友人に尋ねたら「紀元前から中国を含む全世界に住んでいたので朝鮮半島にいたとしても不思議ではない。」と言っていました。こういうサイトもあるようです。http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=141

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