父乾萬吉の他界と帰宅

父の4月1日(木)の排尿量は、37cc。現状維持かと予想したが、4月2日(金)はほぼ排尿量ゼロ。午後2時半ごろから、付き添いを妻とバトンタッチ。朝、父の血圧が130台に急に上がったとのこと。私が病室にいると、看護士さんが、父の手足のチアノーゼを教えてくれる。てのひらにも、そしてとくに足の裏に、明瞭な紫色のしみが広がっていた。

手足をさすり、「93年間ご苦労さんでした」と父に感謝する。

午後4時20分ごろ、妻にチアノーゼについて電話し、病室に戻ると、看護士さん2人が来ていた。呼吸と心臓の鼓動が急に止まったとのこと。苦しまずに他界した。

まず、妻に再度電話し、妻から2人の姉へ電話。私から娘へ電話。

しばらくして、妻、そして長姉が駆けつける。死亡宣告のタイミングをはかりながら、担当医Y・Y先生と待機。次姉の到着を待たず、午後4時53分、父の死亡宣告。死因は、慢性腎不全。

乾 萬吉
1916年8月1日 神戸市中央区雲井通3-25-1にて、乾源蔵、せいの次男として生まれる。
1928年2月14日 母せいを喪う。
1929年10月20日 祖父乾市太郎を喪う。
年代不明 叔父乾寅之助が経営する大阪市南区高津6-11の乾製函所に勤める。
1944年3月3日 丸山治一郎の長女みよ子と結婚。新婚家庭を、神戸市須磨区飛松町に営む。
1944年12月 妻の郷里、兵庫県相生市陸へ移転。
その後、石川島播磨重工業(IHI)、相生興産などに勤務。
1944年12月1日 長女千代子誕生。
1947年4月6日 次女慶子誕生。
1955年7月3日 長男昌幸誕生。
1965年秋 相生市菅原町に鉄筋コンクリートの自宅を新築。当時、鉄筋コンクリート造りの個人住宅は大変珍しかった。
1967年9月12日 父源蔵死去。
1969年10月23日 長女千代子、前川國夫と結婚。
1971年6月11日 次女慶子が、濱中恒美と結婚。
1974年3月末 長男昌幸、大学入学のため上京し、以後妻みよ子と二人暮らし。
1984年4月1日 長男昌幸、鎌倉佐弓と結婚。
1986年 現役引退。
2008年12月 妻みよ子、介護施設入所のため、自宅で独居。
2010年4月2日 相生市旭 IHI播磨病院510号室にて、慢性腎不全のため死去。
2010年4月4日 相生市ささゆり苑にて通夜、5日、同所にて告別式。


遺体を乗せた車に、私が同乗し、相生市の父の家に帰宅。

通夜は4月4日(日)、家族葬は4月5日(月)。

4月2日の夜、市内の明顕寺の僧侶、姉たちが引き上げ、妻と二人で居間にいると、玄関、やや間をおいて、勝手口に音がした。妻には聞こえなかった。父の魂が帰宅したのだろう。

簡略ながら、ここに父への生前のご厚誼を感謝いたします。

    桜咲き呼吸をやめる仕事が終わる  夏石番矢





    

    






この記事へのコメント

kika
2010年04月03日 08:44
ご愁傷様です。御冥福をお祈りいたします。
游氣
2010年04月03日 13:03
謹んで御尊父様の御逝去に哀悼の意を表します。
2010年04月03日 20:16
 御父君のご他界、お悔やみ申しあげます。
 私の母も去る3月21日、85歳で天寿を全ういたし、3月26日に家族のみで葬儀を行いました。
 私の場合は、母を見舞ったあとの帰宅途上の車を運転中、車の中で妹からの連絡で知りました。
 御父君の臨終に立ち合われた夏石さんを羨ましく思います。しかし、ご看病、ご心痛では私は夏石さんに遠く及びません。
 天は、そのあたりをちゃんと見ているのでしょう。
 ご夫君の登仙、心からお悔やみ申し上げます。
Harimakimi
2010年04月03日 22:09
ご尊父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
ダイハード
2010年04月04日 01:50
夏石先生の父君の訃報に接し、万朶の桜とともにその死を悼みます。
合掌。

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