『古事記』ノート(11) 命の主

1990年8月末、はじめて出雲を訪れた。このとき、出雲大社の東で、気になる小さい神社に遭遇した。命主社である。

命主社
http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/simane/izumosi/inotinusi/inotinusi.html

http://www.genbu.net/data/izumo/inotinusi_title.htm

私は、この神社の名前にいたく感動した。「命の主」の神社、生命の根源の神様の社。「主」ということばも重い。

この神名を、別の神社でも見かけ、メモしている。

当時の地名で、斐川町神氷字氷室の、

曾枳能夜神社
http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/simane/hikawagun/sokinoya/sokinoya.html

である。この神社は、眠りこけたような穏やかな雰囲気に包まれていた、この神社の境内の石には、祭神ではない、

神魂伊能知奴志命

と彫ってあったのである。出雲大社の摂社命主社への遥拝所らしい。はじめての出雲で、二度も「命主」に遭遇した。ちょうど、8月3日に娘が生まれたばかり。命の大切さを噛み締めていたころ。

ところで、この命主は、『古事記』では、神産巣日として、天之御中主の次の次、最初から三番目に登場する。だが、名前は命主ではない。神産巣日である。これも、生命の根源神を指す神であるとわかるが、

いのちぬし

の単純さや重さには、とてもかなわない。

『古事記』で神産巣日は、一度焼死した大国主を蘇生させる、命の根源神らしい働きをする。二番目に登場する高御産巣日と対にするため、このように名前を変えられてしまった神ではないだろうか? 元来は、スサノオや大国主よりも、もっと古く根源的な神、全生命の母としての神だったと思われる(性別は不詳。性別はなかったかもしれない)。

名前を変えられ、天神系の神とペアで、『古事記』冒頭に登場させられている。

『古事記』のはじめに、出雲万神殿に対する政治的介入を、読みとれたように思う。

それでも、出雲では、「命」ということばの古さと重みを再発見した。そこで生まれた俳句。

    命ひしめく雲のやちまた涼しけれ  夏石番矢

    句集『楽浪』(書肆山田、1992年)



参照
『古事記』ノート(10) 天之御中主ふたたび
http://banyahaiku.at.webry.info/200911/article_22.html

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この記事へのコメント

山陰歴史ファン
2010年01月07日 19:15
はじめまして。わたしは古代出雲の金属史に興味をもっていて出雲大社のかえりにちかくの古代出雲歴史博物館にいったことがあります。たくさんの青銅器に圧倒された覚えがあります。あと錆びずに発掘された鉄刀の記憶もあります。島根県安来市のかわらけ谷ってところで発掘されたらしいので古事記などにでてくる三種の神器の一つ草那芸之大刀と関係していそうな不思議な鉄刀だと感じたおもいでがあります。

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    Excerpt: 現在発見されている最古の鉄剣は、トルコのアンカラ郊外の王墓から発掘されたもので、4300年前に隕鉄から作られたものだったらしい。『古事記』には、隕鉄を暗示する神々が登場している。 Weblog: Ban'ya racked: 2009-12-06 00:44