『古事記ノート』(4) 天之御中主神の正体

『古事記』に最初に登場する神、天之御中主神が、作り上げられた神ではないと主張したのは、文化人類学者の大林太良。その著書『日本神話の起源』(角川書店、1973年)では、次のような考えが示されている。

アメノミナカヌシは、天の中心に生まれた天を支配する創造神である。(23ページ)

皇室の祖先は、アルタイ語族系の征服者であった。アメノミナカヌシは彼らの至高神だっだ。(48ページ)

だたし、日本の皇室にも、王朝交代があるはずなので、大林太良は「万世一系」の立場を離れていない。

天之御中主神は、かなりあとから日本列島に入ってきた人々の信じる神であり、秘された神であった。いまでも天の神を信じるモンゴルの宗教にかなり近い。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の唯一神にも近い。

「御中主」は、天の中心の神であるとともに、天の中心から地上へ降りて来る水の神でもある。これは、「天」を信仰する人々の最高神が、彼らの移動途中で、世界の始まりとしての「原始海」を信じる人々と合体して、変質したためではないだろうか? 「御中」(ミナカ)は、「水中」(ミナカ)でもあるし、「中」(ナカ)には、水の神、あるいは竜である「ナーガ」(Naga) が合体していると、私は結論付ける。

日本各地の神社に、現在もなぜこれほど、竜の彫刻が多いかも、このとらえ方で納得がいく。

それでは、なぜ天之御中主神が、『古事記』のその後に登場しないのだろうか。理由は三つ。

1 秘された神であること。
2 偉大すぎる神は、遠い存在として、敬遠される。
3 日本列島が比較的豊かな環境にあるため、この遠い偉大な神を思い起こすほどの悲惨さが生まれなかった。

    遠い大きい龍の影とは金の砂  夏石番矢


参照
『古事記ノート』(3) その語り始めの唯名論
http://banyahaiku.at.webry.info/200805/article_45.html
『古事記』ノート(2) 天之御中主神は不在?
http://banyahaiku.at.webry.info/200805/article_26.html
『古事記』ノート(1) 革命者としての天武天皇
http://banyahaiku.at.webry.info/200805/article_11.htm




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