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zoom RSS 東大学生俳句会 「原生林」第17号

<<   作成日時 : 2006/12/05 00:01   >>

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東京大学の学生時代、二つのクラブに所属した。
東大能狂言研究会と東大学生俳句会である。

東大学生俳句会の機関誌「原生林」のバックナンバー何冊かが、わが家の屋根裏部屋に残っているが、第17号は、私がカバーをデザインし、本文のガリ版も切った。製本も私が担当したのではなかったかと記憶している。

                       表紙
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                      裏表紙
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ゾンネンシュターン( http://outsiderart.ld.infoseek.co.jp/jimmei/sonnenstern.html   http://www.oi-bijutsukan.com/item-0606028.html)が当時好きで、その影響が見られる自作版画を、カバーに配した。
また、和紙に黄色で版画を印刷し、奇抜さを狙った、気負った稚気が顕著。それも、いまとなってはなつかしい。

奥付けによると、「原生林」第17号は、昭和52年(1977年)10月1日発行となっており、編集人は、当時の部長、小幡晃となっている。夏石番矢名の編集後記もある。
大学3年、教養学部教養学科フランス分科に進学して半年のころにあたる。

私の俳句は、ガリ版刷りの2ページに10句掲載されている。そのうちの次の2句が、処女句集『猟常記』(静地社、1983年。金子泉「夏石番矢句集『猟常記』を読む」 http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/criticism/ryojoki.htm 参照 )に収録された。
  
    砲声ありみるみる秋を登る花

    かげぼうしかの氷葬におくれしや

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すでに高柳重信に出会っていて、ときおり代々木上原の俳句評論社へ通っていた。

このころは、さまざまことが錯綜して起き、自分でも資料などで確認してからでないと、簡単にまとめることができない。

それでもあえて一言で言うならば、1974年から東京で暮らし、相生や姫路では得られない出版や情報に接し、停止していた俳句創作を復活し、俳句にさまざまな要素を盛り込もうとしていた。

もう一方、フランス語やフランス文学の吸収にも熱心だったが、フランスをはじめとする海外へ自分が実際に行き、多くの海外の友人を持つとはとても予想できなかった。











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