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陸(くが)と久我山
兵庫県相生市菅原町は、私が生まれ育ったうぶすな。かつては、陸(くが)菅原町と呼ばれていた。 ...続きを見る

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2008/08/26 00:00
丸山富祐という先祖と元禄文書
母方の先祖で名前がわかり、最も古いのが、丸山富祐。現在の、相生市矢野町瓜生にいた、開墾地主だったらしい。 ...続きを見る

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2008/08/19 01:57
赤穂市坂越の大避神社と秦河勝
赤穂市坂越の大避神社と秦河勝 秦河勝の墓は、赤穂市坂越の生島にある。これを知ったのは、近年のことだった。坂越の海辺の道を、双葉小学校1年生のとき、遠足で歩いた思い出がある。 ...続きを見る

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2008/08/18 00:00
唯然地蔵 わが地蔵
唯然地蔵 わが地蔵 私が一番親しんだ地蔵は、ふるさと相生市旭にある、唯然地蔵。この名前を、『相生ふるさと散歩』(相生市教育委員会生涯学習科、平成4年)で確認した。名前の由来は不明。 ...続きを見る

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2008/08/16 00:00
漆の葉
漆の葉 相生に帰省し、ひさしぶりで漆の葉を見た。首都圏ではなかなかお目にかからない植物。8月12日(火)午前、相生墓園からの帰り、相生高校の南の茂みで見つけた。 ...続きを見る

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2008/08/15 10:54
五毛天神社あるいは河内国魂神社
五毛天神社あるいは河内国魂神社 8月11日(月)午後、篠原北墓地の墓参りをすませ、乾千明家にあいさつに寄ったのち、新神戸駅へ帰る途中で、五毛天神社に寄る。河内国魂神社と同じ神社。 ...続きを見る

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2008/08/15 00:02
相生の名物駅弁「しゃこめし」消える!
相生の名物駅弁「しゃこめし」消える! 帰省を終えて上京するさいの楽しみ、相生駅の駅弁、「瀬戸のしゃこめし」が消えた。エノキが作っていた、煮たしゃこをふんだんに使った、舟形の駅弁だった。 ...続きを見る

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2008/08/13 18:53
墓の草抜き
墓の草抜き 帰省と墓参り、そして墓の草抜きが、いつもワンセットになっている。 ...続きを見る

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2008/08/13 08:44
祖父母の駆け落ち
初盆の伯母のM・Mの遺影の前で、いとこのH・Mが、伯母の最期以外にいろいろ語ってくれた。 ...続きを見る

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2008/08/12 14:56
伯母の最期
兵庫県相生市で、さる7月8日に亡くなったM・M伯母の最期を、昨夕、いとこのH・Mから聞いた。 ...続きを見る

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2008/08/12 07:31
これから帰省
これから帰省する。未明に、TPF2008アンソロジーの和訳を湊圭史君から受け取り、ワードで調整したり、ジム・ケイシャンから英訳最終版を受け取った『空飛ぶ法王 161俳句』の日英版決定稿を、出版元のK社に送ったりした。 ...続きを見る

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2008/08/11 08:34
伯母の死亡記事
伯母の死亡記事 郷里の相生市在住の伯母、M・Mが、さる7月8日に97歳で亡くなった。これはわが俳句の師、高柳重信と同じ命日。 ...続きを見る

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2008/08/10 13:56
父の誕生日
今日は、父の誕生日。92歳になる。祖父が82歳まで生きて、40年ぐらい前、「長生き」といわれた。さまがわりした現在では、百歳が珍しくない。 ...続きを見る

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2008/08/01 09:31
母の入院騒動
今日の午後、長姉から電話があり、相生の実母が、腸閉塞の疑いで入院するという。夕方、単なる便秘と判明し、退院したと、次姉から電話。 ...続きを見る

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2008/07/30 18:52
よく見る夢  アパートと実家
このところ、ひまを見つけては眠っている。 ...続きを見る

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2007/10/16 00:00
夫婦でカラオケ その感慨 
夫婦でカラオケ その感慨  8月14日(火)は、お盆休みムードがあちこちに漂う。帰省をすでにすませた私は、ようやく休暇らしくなる。 ...続きを見る

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2007/08/15 00:49
福本先生の野菜
福本先生の野菜 このブログの記事のうち、淳心学院時代の恩師、福本泰雅先生に関する記事を、印刷して先生にお送りしたところ、お礼の手紙と先生が栽培された野菜が、宅配便で姫路市から今朝届いた。夜更かしして遅く起きてきた私は、驚きと喜びを同時に感じている。 ...続きを見る

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2006/12/25 12:11
相生 生家の記憶(4)
相生 生家の記憶(4) 三人兄弟の末っ子で長男の私は、上に二人の姉がいた。 11歳年上の長姉C子と9歳年長の次姉K子。それぞれいまは、赤穂市のM家と相生市のH家の主婦である。 次姉のK子姉と、陸の天満宮の社務所前で撮った写真がある。1958年1月の日付が、この写真の白枠に書き込まれていた。私はまだ3歳になっていなかった。写真撮影地は、現在、相生駅の西はずれ、山陽新幹線の高架下になっている。 ...続きを見る

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2006/12/17 00:01
相生 生家の記憶(3)
相生 生家の記憶(3) モノクロ写真では、生家の室内を撮る機会が少なかったが、父はときどき私たちを撮っていた。 休日、たぶん日曜日の朝に起こされた寝ぼけ顔で、撮られた数枚があり、そのうちの1枚は椅子に座った私が写っている。浴衣を着ていた。小学校に上がる前、幼稚園にすでに通っていたころの写真だろうか。 ...続きを見る

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2006/12/16 00:01
相生 生家の記憶(2)
相生 生家の記憶(2) 生家の狭い庭は、玄関横に、ブロック塀に沿って細長く広がっていた。そこには、南天、葉蘭、イブキ、金木犀、つつじ、オシロイバナなどが植えられていた。 ...続きを見る

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2006/12/15 00:01
相生 生家の記憶(1)
相生 生家の記憶(1) 私が生まれたのは、国道2号線沿いの相生市菅原町。木造平屋の家だった。病院で出産せずに、お産婆さんに取り上げてもらう出産がまだあたりまえのころ。1955年7月3日午前10時ごろ、その家でこの世に生まれ出た。わが生家の写真が残っている。1960年代前半に撮影されたものだろう。 ...続きを見る

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2006/12/14 00:01
淳心学院の思い出(6) 交通事故と卒業
淳心学院の思い出(6) 交通事故と卒業 高校3年生だった1973年11月11日、模擬試験からの帰宅途中、私は交通事故に遭遇した。 現場は、現在両親が住んでいる実家から目と鼻の先にある、相生駅北の国道2号線。現在は駅から伸びる歩道橋近くの、拡張した上り車線になっている。 ...続きを見る

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2006/11/30 00:03
淳心学院の思い出(1) 福本先生の名朗読
淳心学院の思い出(1) 福本先生の名朗読 相生市に生まれ育った私は、中学・高校は、姫路市の淳心学院に、電車で通った。この母校は、姫路城がよく見える場所にあった。 ...続きを見る

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2006/11/22 00:25
ふるさと相生のこと
ふるさと相生のこと 私は、1955年に兵庫県相生市で生まれた。生後数ヶ月の写真が手元にある。三人兄弟の末っ子、長男としての誕生だった。つまりは、姉二人のあと、ようやく生まれた男が私だった。赤ん坊のころ、舌を出すと、まわりが喜んでくれたような、漠然とした記憶が残っている。 ...続きを見る

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2006/10/30 00:55

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