4月1日(金)、妻と姫路へ出る。総社本町の姫路市民会館へ行く。27年前の1984年3月31日、ここは祥栄殿であり、ここで結婚式を挙げた。この7階で掃除をしているおばさんに、われわれ二人を撮ってもらう。その後、総社前の小林刃物店に寄り、淳心学院第15回生同期の小林哲也君に会う。しばらく歓談。原子炉の作業員が着る防護服の生地を教えてもらう。いま品切れ状態。 姫路の小溝筋で昼食。その後、姫新線で三日月駅へ。播磨新宮で電車を、2両編成から1両編成へ乗り換える。 播磨新宮駅手前で、小学生のとき、隣保の旅行でよく行った、国民宿舎しんぐ荘を見かける。 三日月駅で降りる。桜はまだつぼみ。菜の花、たんぽぽ、梅が咲いている。三日月藩陣屋へ妻と散歩。日差しが強い。途中、民家で地鎮祭。祭主は女性神主。 三日月陣屋とその横の、列祖神社、日岡八幡神社でくつろぐ。妻は森家代々を祀る列祖神社のベンチでいねむり。列祖神社脇には、藩校、広業館の建物。 隣の日岡八幡神社は、正面の石段、石段に沿う白壁がいい。列祖神社より立派な構え。石段の隙間に、山菫の紫の花。 石段中ほどの左に、武内宿禰を祀った高良神社。この名の神社は、九州に多いはず。高麗と高良はつながる。この神社は、かなり八幡神の出自を暗示している。 くつろいでから、近くの味わいの里三日月へ歩く。ここでそばを食べる。食べ終えると午後3時過ぎ。 そして、歩いて三日月駅へ。その途中の田舎道から、のどかな空に鳶を数羽見かける。鳶の鳴き声もひさしぶりで聞く。 三日月藩は、津山から減封になった森家が幕末まで経営した小藩。よく手入れされた田や端正な家並みに、森家の気概のようなものが感じられた。 白壁を白くし菫を咲かせるサムライ 夏石番矢 |
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