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しばらく中断していた『古事記』ノートを再開したい。 天の沼矛で、イザナキ・イザナミ二神が行った行為は、次のとおり。 鹽許袁呂許袁呂迩【此七字以音】畫鳴 【訓鳴云那志】而。引上時。自其矛末垂落之鹽。累積成嶋。是淤能碁呂嶋【自淤以下四字以音】 「塩こをろこをろにか画き鳴らして引き上げたまふ時その矛の末より垂れ落つる塩、累なり積もりて島と成りき。これおのごろ島」 これは何を意味するのか。まずは、アルタイ系の神話や伝説が連想される。 モンゴルの伝説であって、天から降りてきた神が≪鉄の棒≫で原海の液体をかき混ぜると、液体の一部は濃くなって陸になったというものだ。(ウノ・ハルヴァ著 田中克彦訳『シャマニズム アルタイ系諸民族の世界像』、三省堂、1989年、53ページ) 神々と悪魔たちはこの乳海の中で世界の柱を、バターを作る時に使うすりこ木のようにかきまわして、あらゆる生命を創りだした。(『シャマニズム アルタイ系諸民族の世界像』、77ページ) インドにも同様の神話があるが、いずれもミルクをかき混ぜてバターを作っていた遊牧民の生活と想像力がベースになっている。これが、『古事記』では、製塩に置き換わっている。 ここに、遊牧民が移動し、海辺に到着し、製塩する民と混合し合体して生まれた、複合的想像力を見てもいいだろう。 その混合と合体は、朝鮮半島で起きたのだろうか。 日本では製塩の道具として、矛にも見える底が長い土器が発見されている。これも「天の沼矛」のイメージに組み込まれているだろう。 愛知県渥美町の伊良湖岬のやしの実博物館には、復元された製塩土器が展示されている。 このような土器で、熱した塩水をかき回しながら煮詰めて、塩を作っていた。遊牧民の「ミルク」を「塩水」に、「すりこ木」を「矛」に置き換えて生まれたのが、塩のかたまりとしてのおのごろ島。 沙漠ははるか土器に煮詰まる神話と塩 夏石番矢 『古事記』の表現で、天の沼矛を、「画き鳴らす」というところに、強く詩を感じる。「画く」が「掻く」の当て字としても、とてもすぐれた感覚だ。 わたつみに矛で書き鳴らすすべての詩 夏石番矢 参照 『古事記』ノート(7) 神代七代3 http://banyahaiku.at.webry.info/200806/article_34.html やしの実博物館(伊良湖自然科学博物館) http://www.geocities.jp/shimizuke1955/1210yashinomi.html |
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『古事記』ノート(9) 天の御柱と八尋殿 を見立てる
イザナキ、イザナミ二神が、天降り、結婚したのは、どういう場所だろうか。 ...続きを見る |
Ban'ya 2008/12/03 19:56 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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名古屋郊外に猿投山という小高い山があります。 |
游氣 2008/11/14 06:36 |
尾張には、渡来系の古い文化があるようですね。萱津神社のカヤノヒメは、野の女神であり、漬物の神様でもありますね。オウスノミコトの墓というのは、いぶかしい感じがします。 |
Fujimi 2008/11/14 10:16 |
古事記にある言葉は意味がなかなか深いですね。 |
ザッコ 2008/11/15 02:13 |
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