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zoom RSS 赤穂市坂越の大避神社と秦河勝

<<   作成日時 : 2008/08/18 00:00   >>

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秦河勝の墓は、赤穂市坂越の生島にある。これを知ったのは、近年のことだった。坂越の海辺の道を、双葉小学校1年生のとき、遠足で歩いた思い出がある。

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写真に写った坂の先に見えるのが、秦河勝の墓がある生島。禁足地となったこの島には、珍しい植物が茂り、国の天然記念物となっている。毎年10月11日に、「舟祭」という祭礼が、坂越から生島にかけて行われる。そのさい使われる船のうち、雅楽が奏でられる船は、「楽船」と呼ばれている。

秦河勝は、雅楽や能楽の祖としても崇拝されている。秦一族は、中国の秦出身にとどまらず、中央アジア、ペルシャ起源という説もある。

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坂越の南向きの斜面には、大避神社があり、秦一族の尊崇を集め、古代史マニアのあいだでは大変有名な神社。田舎の神社にしては、参道も、石垣も、狛犬も、山門も、社殿も、すべてなみはずれて立派。ご神紋は矢車。

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赤穂市と相生市には、秦河勝が、聖徳太子没後、蘇我氏の横暴を避けるため、難波から逃げてきて、晩年を過ごして没したとの伝説が残っている。相生市の那波には、難波から最初に上陸し、暮らしたのがこの地との伝説があり、那波大避神社がある。

母方のM家の発祥地、相生市の三濃山にも大避神社があり、狩の最中に大蛇から河勝の命を救った犬の供養のため、弓を折って卒塔婆とした地に立てられたと、伝えられている。かつて三濃山には父母や姉たち一家5人で歩いて登り、まだそこに住んでいた親戚を訪ねた。もう40年以上前のこと。

わたしの郷里には、スサノオ、秦河勝など、古代の謎を秘めた人物に関連する場所が少なくない。
 
    難波から那波への船旅おのが名忘れ

    青葉照り大蛇へ犬の首が飛ぶ

    海辺の族長祈りは虹を生みぬ

    海辺の族長盃にキリストの顔

    海辺の族長琴を弾けば鶴が来るか

    海辺の族長はためかぬ旗は純白

    極東パトリキ 山で狩して島で死ぬ  夏石番矢

  











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