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由良哲次『吾亦紅(一行詩)』(沖積舎、2008年3月、本体価格2500円、ISBN978−4−8060−1644−1)が、作品への共感以外で、私にもたらしたもの、それは学恩の再認識だった。 由良哲次さんのご子息は、元東京大学教養学部教授、由良君美(1929〜1990)。 http://ja.wikipedia.org/wiki/由良君美 夏石番矢も、同大学教養学部教養学科フランス分科学生時代、由良君美先生の授業に出席し、単位をもらったことがある。四方田犬彦、杉田英明などが、駒場キャンパスの狭い教室にいたと、記憶している。 由良君美先生は、パイプを片手に、余裕をみせながらゆったり話し、「教養」を体現しているようだった。 授業名は忘れたが、実存主義、構造主義などの思想が生まれてくる背景を、簡潔に説いた英文を、集中的に読む授業だった。多くの分量を読むので、予習が大変だった。 句集『吾亦紅』が、夏石に呼び覚ましたのは、由良父子の人文科学における「教養」の学恩だった。この「教養」が、いま文部省と文部科学省の失策のおかげで、危なくなっている。 お父さんの由良哲次さんは、ハイデッガーやカッシーラーなどドイツ哲学の研究者。川端康成、横光利一とも親交があり、横光の『旅愁』の主人公のモデルとなった。戦後、自由律俳句を書くようになる。 http://ja.wikipedia.org/wiki/由良哲次 この教養人は、1897年、奈良の丹生神社の神官の家系に生まれた。その後の遍歴は省略するが、1975年、奈良県新沢千塚群集墳保護のため奈良県に私財5750万円を寄付した(Wikipedia の記述は誤り)。日本の文化財保護の遅れを知り、対処した人物でもあった。 この新沢千塚群集墳へは、2003年10月、天理開催の第2回世界俳句協会大会終了後、ポルトガル・ペンクラブ会長、カジミーロ・ド・ブリトーを案内した。大和三山を案内したあとだった。出土品を並べた展示室の女性が、この群集墳について、あまり知らないのに驚いた。 この群集墳からは、ペルシャ系ではない、古代ローマ系で、現在のブルガリア産と思われるガラス器が出土している。古代日本の謎を秘めた遺跡である。 こんな土から どうして あの花の色が出来たのか 由良哲次 (句集『吾亦紅』) なお、この句集出版を斡旋したのが、世界俳句協会を創立時より支えてくれた秋尾敏さんで、妻の鎌倉佐弓の埼玉大学教育学部時代の先輩でもある。解説「池原魚眠洞と由良哲次」を、この句集に寄せている。 参照 学匠詩人の句集、由良哲次『吾亦紅』(1) その注目作 http://banyahaiku.at.webry.info/200803/article_42.html |
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