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zoom RSS 有年考古館と相生の狐塚古墳

<<   作成日時 : 2007/08/11 00:00   >>

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8月8日(水)昼飯のあと、下の姉夫婦、濱中家の車に乗せてもらい、午後1時、赤穂市有年楢原の、有年考古館に到着。



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有年考古館
http://www.nishiharima.jp/cgi-bin/spot/index.cgi?mode=preview&select=060513004819

http://www.ako-hyg.ed.jp/bunkazai/institution/minkanshisetsu.html

http://www.city.ako.hyogo.jp/VISITOR/spot/une1.html

この施設の隣で、眼科を営んでいた故松岡秀夫医学博士が、設立したもの。松岡博士は、仕事の合間を縫っては、発掘にいそしんでいた、地元の有名人だった。私も松岡博士による発掘についての記事を、相生に住んでいた高校3年生までに何度も読んだことがある。

一度訪れてみたいと思いながら、今回はじめてその願いが実現できた。前庭に古墳の玄室がいきなりあった。近くからここへ移築したものだろうか。

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館内には、石器、弥生土器、埴輪などの古墳からの出土品、古代寺院の瓦、化石、民俗資料など、おびただしい収蔵品が並べられている。

かつて千種川で砂鉄が採取され、製鉄がさかんだった。周辺の古墳からは、鉄鏃、鉄剣が出ているし、鉄の馬具も見つかっている。

わがふるさと、相生の陸(くが)には、狐塚古墳があり、その出土品の鉄製馬具も収められていた。相生市教育委員会『相生ふるさと散歩』(平成4年)は、遺物について次のように記す。

玉類・鏡・武具・馬具等が出土したが失われる。鉄鎖・金銅杏葉・銅鈴・砥石状品・きぬがさ形埴輪が残る。

馬具で飾った馬に乗り、太陽を崇拝していた、渡来系の有力者が埋葬されていたのだろう。

今回泊まった相生ステーションホテル・アネックスは、



そのすぐ北隣にあるが、狐塚古墳にはかつては、産業会館が建てられていた。現在は、相生駅南再開発でその低い丘も、跡形もなくきれいに削られてしまった。

ホテルから西に、宮山が見える。那波八幡神社の裏から宮山へ、遠足も含めて何度か登った。この山頂には水晶が散らばっている。小さい水晶のかけらを、小学生のころ拾ったことがある。この宮山など、陸(くが)地区を囲む小山の風景は、韓国南部の風景によく似ている。

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有年考古館には貴重な収蔵品が多いが、もっと広く公開できないものか。赤穂市立や相生市立の歴史関係の施設は、とてもお粗末。わがふるさとは、まだ自分たち自身の歴史を把握し、活用するところまでいっていない。残念だ。

    うぶすなに馬具錆びてこの油照り

    鉄の夢稲の夢消え夏の川
    
    炎天下砂鉄の夢の跡ここに  夏石番矢
    















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