|
バー・ボルドーさんと、5月5日に話していて、とくに興味深かったのは、私がはじめて買った馬頭琴のCDの演奏者の話。 演奏者は、チ・ボリコー(Chi Bulico)。現在は、馬頭琴奏者の大御所。 チ・ボラグ(チ・ボリコー、馬頭琴=モリンホール演奏家) 1944年生まれ。中国(内モンゴル)のホルチン出身。モンゴルに存在する馬頭琴の演奏流派のすべてをマスターしていると言われています。1978年に中国の政府代表団として海外で演奏。馬頭琴演奏家としての彼の名は、このころから海外でも有名になります。1985年に初来日、それ後7回わたり来日しています。西洋のチェロを参考にして馬頭琴の改良に貢献。現在使われている多くは、彼が指導制作したモデルだそうです。中国国家一級演奏委員、モンゴル人民共和国国立芸術大学教授ほか。 モンゴル民族音楽ミニ辞典 http://www.culta.jp/mongol/info/muinfo.html 彼の『草原のチェロ―モンゴルの馬頭琴』(キングレコード、1985年)は、買ってから何度も何度も聞いた。内モンゴルの詩人、スチンチョクトさんがわが家にはじめて訪ねてきたとき、このCDをかけた。スチンチョクトさんは、この馬頭琴の弦は鉄で、ほんものではないと言った。これには深い理由があるが、ここでは省こう。 ボルドーさんにも、5月5日に、このCDを聞いてもらった。次のような説明が彼の口から出てきた。 1 チ・ボリコーは、弟子数千人。弟子の数が多いだけでは意味がないが、彼は馬頭琴の世界化を行った。すなわち、演奏技法に西洋クラシックを取り入れたこと。また、天候によって左右されやすい馬頭琴を改良したこと。 2 チ・ボリコー作曲の「馬蹄のとどろき」(これは誤訳、正しくは「万馬のとどろき」)は、速いテンポの曲で、いまは馬頭琴奏者の試金石になっている。このCDのAにこの曲が録音されている。 3 チ・ボリコーは、おさないころ活仏だった。文化大革命のころ、禁じられていた馬頭琴を自分で作り、隠れて練習していた。 4 北京オリンピックに、チ・ボリコーの馬頭琴演奏が登場する。 私はチ・ボリコーのCDの@の「ジュスレー」が大好きだ。 ボルドーさんは、Hの「ガンガン・ハル」を日本で聞いて、馬頭琴を再認識した。 チ・ボリコーによる馬頭琴の世界化には、保守派から批判が当然生じたが、馬頭琴の世界化の功績のほうが大きいだろう。すべての在来的要素を保ったままで、前進できないのは、あらゆるジャンルにあてはまる。 これは、俳句の世界化にもつながる話だが、私は在来的、保守的俳句を決して排除はしないが、いまのままでは脳死状態。 馬頭琴にモーツァルト踊り花の草原 夏石番矢 参照 日本語とモンゴル語の色紙「日本海に」 http://banyahaiku.at.webry.info/200705/article_8.html 旭鷲山関☆お疲れ様パーティー出席 http://banyahaiku.at.webry.info/200703/article_16.html WHAC4へ内モンゴルから5人参加予定 http://banyahaiku.at.webry.info/200702/article_30.html 内モンゴル詩人、斯琴朝克図さんとの再会 http://banyahaiku.at.webry.info/200611/article_6.html |
| << 前記事(2007/05/06) | トップへ | 後記事(2007/05/08)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/05/06) | トップへ | 後記事(2007/05/08)>> |