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何かの会の二次会が設定された、東京の居酒屋の畳の部屋で、近くに座った人に手相を見てもらって、あなたは40代から人生が大きく変わりますよ、と言われた。30代なかばころのことだったと記憶している。 何が起きるんだろうと、忘れずにいたが、41歳で在外研究に出る順番が回ってきて、パリで2年暮らした。かいつまんで書くとこうなるが、現実はいささか大変だった。 在外研究出発直前の1996年3月23日、妻の鎌倉佐弓が難病のクローン病を発病し、出発どころか、これからどうなるか予測できず、5歳の娘をかかえながら、看病を4か月続けた。 潰瘍性大腸炎の治療方法がさいわい効果があり、7月末には奇跡的に退院できた。その前に5月に一度、パリに出かけた。 クローン病は、再発が恐ろしい病気。 クローン病 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3%E7%97%85 http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/023.htm 私は、8月末に、妻と娘を日本に残して、パリへ一人出発した。 その後、妻はクローン病を再発せずにすみ、翌年1997年3月末には、娘とともにパリで私と合流できた。 西向きのテラスが付いたアパートからは、ヘール・ボップ彗星が毎日のように見えた。三人でパリで過ごし、この彗星を見られる確率は、それこそ天文学的な数字となるだろう。 彗星見えてパリに三人やっとそろう 夏石番矢(句集『地球巡礼』) ヘール・ボップ彗星 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%97%E5%BD%97%E6%98%9F 1998年3月末に、日本に帰国するまで、パリで一家三人水入らずの生活を楽しめた。パリからは、フランス各地のみならず、米国、ドイツ、スイス、オランダ、英国、チュニジア、トルコ、ギリシャへと旅することができた。 帰国後の妻は、腸はいくぶん弱いものの、クローン病を再発せず、さらに最近はペンタサという予防薬も飲まずにすむ生活を送れるようになり、一昨日の1月24日に、54歳の誕生日を無事迎えることができた。 難病は、くよくよものごとを考える妻に、生き方を変えさせたようだ。難病と宣告されても、絶望せずに、自分の性格や癖を考え直すと、案外治らないものではないらしい。 一見、ハッピーエンドのようだが、難病患者を見守るストレスと、帰国後のさまざまなストレスから、今度は私が難病を宣告されるはめに陥る。これはまた、別の記事で書いてみたい。 |
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瞳孔を開く眼底検査
7月26日(木)朝から、川越市にある埼玉医大医療センター眼科外来へゆき、視力検査、視野検査、眼底検査、診察を受ける。だいたい、2か月に一回、診察を受けている。担当は、2002年1月の白内障手術も担当してくれた、野入医師。この先生は、手術中、K教授(当時)に叱られていた。わたしもK教授に叱られた。医学の世界の教授は、偉いと感じた。 ...続きを見る |
Ban'ya 2007/07/26 19:41 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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佐弓さん、難病を克服されて良かったですね! |
風花 2007/01/26 20:53 |
ありがとうございます。 |
Fujimi 2007/01/26 22:07 |
病気は身体からのメッセージだと思っています。何を伝えようとしているのか、もう気づいておられるじゃないですか。50数年休まず使い続けているのですから、時には身体のメンテナンスも必要でしょう。自分の身体に感謝したことがありますか? |
風花 2007/01/27 07:20 |
よくまあ、あれだけ酷使して、もっとひどい大病にならなかったものです。 |
Fujimi 2007/01/27 20:29 |
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