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チュニジアには、かつてローマの水道施設があった。ステップ地帯を東西に横断してそびえるザグーアン山塊からカルタゴまでの約5km、南から北へ続く水のルートがあったのである。 古代ローマの水道橋はなにも、イタリアや南仏にかぎられるわけではなく、北アフリカのチュニジアにもあった。 1997年1月21日、チュニスからザグーアンへ行く途中で、まず水道橋に、黄色いタクシーの運転手が連れていってくれた。この旅行も、本来は違法。フランス語で「赤」を意味するルージュ(Rouge)という姓の運転手だった。イスラム教徒だが、断食は厳格には守っていないと、笑いながら言っていた。鷹揚な性格の白人だった。 この水道橋は、ハドリアヌス帝が、2世紀に建造したもの。断続的にまだ残っている。古代ローマの建築好きには、ほんとうに驚かされる。 次に、Thuburbo Majusという、これも古代ローマの都市跡に案内された。チュニジアの背骨をなす地域から貿易港カルタゴへ、穀物や畜産品を運ぶ要衝にあった都市である。 この遺跡の中心に、カピトリウムという神殿跡があり、大理石の円柱が4本、柱頭まで残っていた。コリント式の柱頭の彫刻が華麗で、この都市のかつての繁栄を物語る。 このユピテルを祀る神殿の地下は、荒廃してからは、油工場として使われたという。 断食月(ラマダン)や神殿変じて油工場 夏石番矢(『地球巡礼』) 廃墟というものは、人間の欲望の干からびた排泄物のようなものだ。美しかった大理石まで、排泄物になってしまう。 ここから、水の神殿は近い。 |
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北アフリカへ寄稿
アルジェリアの Reda Mehafdi (男)さんから、英語かフランス語で、俳句、略歴、そして写真を送ってくれとのメールが到着したので、送った。 ...続きを見る |
Ban'ya 2008/02/13 21:04 |
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