|
このサイバー時代に、毛筆や墨がお払い箱入りかと言うと、その逆だった。むしろ、万年筆が使われなくなり、干からびてしまった。 プリンターによる印刷が頻繁に使われ、手書きはほとんどポールペン。毛筆は、大事な俳句などを書くときに、しばしば使うようになった。 サイバーは中途半端中なもの、たとえば万年筆などの存在意義を無化している。これは、中途半端な本や雑誌が不必要になったりするのと同じ現象で、サイバーは、中途半端なものの存在を希薄化し、簡便で迅速なものか、貴重で悠長なものか、いずれかの極を、私たちに選ばせる。 まず元日に、色紙を書いて、一階の和室に鏡餅と一緒に飾った。2005年11月に訪れた、ニュージーランドの首都ウエリントンでインスピレーションを得た句を、日本語とその英訳ともども墨で書いた。黄色い輪も色紙の中心に描いたので、墨書ではなく、俳画とも言えるだろう。 また、1月9日には、日本での研究を終え、故国内蒙古へ帰る斯琴朝克図さんの送別会に、句に簡単な図を添えた色紙を贈呈した。 R・スチンチョグト氏送別会――俳句との出会いから http://www.worldhaiku.net/news_files/events/japan/ChaoketuSiqin/c.siqin.htm 内蒙古詩人、斯琴朝克図さんとの再会 http://banyahaiku.at.webry.info/200611/article_6.html この俳句は、英訳でも評判がよく、モンゴル語訳も、斯琴さんや富川力道さんのおかげででき、内蒙古の雑誌「シリンゴル」に発表された。 http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/anthology/banyashilingol.htm シリンゴルは、斯琴、富川両氏の故郷を指す地域名。斯琴さんの送別会も、東京のモンゴル料理店「シリンゴル」で開いた。ここでは、モンゴル料理とともに馬頭琴の生演奏が楽しめる。 http://www.e-food.jp/restaurant/visit/shilingol.htm 結婚する甥のA・Hに、2月に贈ったのが、吟遊のサイトにもアップしてある色紙。 http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/calligraphy.htm 結婚式ではじめて花婿の親戚代表としてスピーチし、そのさい、甥夫婦に手渡した。私がスピーチしているあいだ、甥は私が脇に抱えている色紙をじろじろと見つめていた。 この結婚式では、小学校時代の同期生と、卒業以来38年ぶりで再会した。 ふるさと相生のこと http://banyahaiku.at.webry.info/200610/article_24.html 今年の墨書でとくに目立つのは、3月に鳥の俳句50句を、1句ずつ50枚の色紙に書いた仕事。これは、来年春、ハンガリーで出版予定の、エヴァ・パパイさんの水彩画と組んだ本になる。完成した色紙を50枚郵送したが、結構重かった。その重さが、この仕事のハードさを物語っている。 2枚の色紙をご紹介しておこう。 私はプロの書道家ではない。下手であっても、作者自身のエネルギーを作品の墨書に示せればそれでよいと考えている。それにしても、そのときの私の心身の状態を、恐ろしいほどはっきりと墨書は形象化する。 ワープロを馬鹿にして、かつては万年筆でしか原稿を書かなかった私は、2000年からパソコンのキーばかり叩いている。その反動だろうか、なぜか万年筆ではなくて、ときどき毛筆で書きたくなる。万年筆は、日本人にそれほど深く浸透した筆記用具ではなかったようだ。もっと根深い文化的遺伝子が作動して、私に毛筆を握らせるのだろう。 必ずしも、自分で満足できる完成度の墨書ばかりではなかったが、集中的に色紙を書いたことが、今後生きてくると信じたい。 |
| << 前記事(2006/12/27) | トップへ | 後記事(2006/12/29)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
ハンガリーの出版、突然校正
眠っていたハンガリーの出版が、突然動き出した。題して、 ...続きを見る |
Ban'ya 2007/10/17 01:20 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
太陽であり、禅の悟りの象徴でもある円相なのでしょうか。 |
風花 2006/12/28 23:52 |
お褒めのことば、感謝! |
Fujimi 2006/12/29 10:06 |
| << 前記事(2006/12/27) | トップへ | 後記事(2006/12/29)>> |