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アルルを訪れたとき、実のところ私は、それほどゴッホを意識していたわけではない。 一番強い印象を受けたのが、古代劇場に残る2本の円柱である。 この劇場は、古代ローマ支配下の紀元前27〜25年に築かれたもの。その後、石材は教会に転用され、劇場は要塞に改築され、一度は地下に埋没した。19世紀の前半になって、民家と庭園の下から発掘された。 劇場が埋もれていたとき、この円柱は、民家やその庭から、頭を突き出していたのだろうか。 円柱は美しい姿で残っているわけでもなく、大理石とはいいながら、穴だらけの姿をさらし、それでも2本だけ残っていることが、奇跡のようだ。 ここは現在ときどき、劇場として使用するらしい。この2本の円柱をバックに、木の板で作られた舞台が常時設営されている。残念ながら、そこでの催しを見る機会はなかった。 アルルを訪れたのは、二度とも在外研究中、パリにアパートを借りて暮らしていたとき。1996年11月から12月にかけて、はじめて南仏を旅して、パリに帰ってからこの俳句ができた。 アルルの二本の円柱を恋う冬至かな 『地球巡礼』(立風書房、1998年) 何気ない旅行俳句のようでいて、難解な俳句かもしれない。自分で振り返ってみて、なぜこの句ができたのか、改めて考えてみる。 1本でなく2本円柱が残っていることへの驚きが、まずベースになっている。 なにしろ、そのころパリでは、妻や娘を日本に残して、一人で暮らしていたから、二千年を耐えしのいできた2本の円柱に感動したのだろう。在外研究出発直前の1996年3月に、妻が難病を発病したので、やむなく私だけパリにやってきた。私たち夫婦は、あの2本の円柱のようでありたいと、願っていたのかもしれない。 ゴッホとゴーギャンの短い共同生活と破局も、私の意識の底にあったかもしれない。あの破局は、「冬至」直後のクリスマス・イヴに起きる。 これは、もっと無意識のレベルの話だが、「冬至」という太陽が最も衰える日の、太陽復活儀礼を、あの2本の円柱が行っているように、私が想像したのかもしれない。 タイヤ会社のミシュラン社が著作権を持つ、旅のガイドブック『プロヴァンス』の表紙は、あの2本の円柱のイラストで飾られている。 ミシュラン・グリーンガイド『プロヴァンス 南フランス』(実業之日本社、1991年) http://www.amazon.co.jp/gp/product/4408013048 |
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この2本の円柱を見たとたん、番矢さんと差弓さんの姿に思えてならない! |
風花 2006/12/08 07:04 |
コメント感謝。 |
Fujimi 2006/12/08 20:48 |
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