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これまで熊野へは、何度通っただろうか。 1990年の1月から、今は亡き中上健次が主宰する熊野大学に、毎月のように参加した。 熊野大学ウェブサイト http://www.kumanodaigaku.net/ 最初は、宇多喜代子さんの誘いで、1990年1月7日、熊野速玉神社ではじめて中上健次と出会ったとき、境内の池に蛇が姿を現わした。 その後、1990年8月に、出雲のいくつかの神社を訪れたとき、やはり蛇が出てきた。また、近年、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)でも、蛇が出てきた。どれも、出雲系の神をまつる神社。浅からぬ因縁があるらしい。 はじめて出会い、一緒に熊野をめぐり、私が新宮から帰るとき、中上健次は、実母のお手製の秋刀魚寿司をおみやげにくれた。くせのない寿司で、つわりで苦しむ妊娠中の妻に食べさせたところ、あっというまにたいらげてしまった。一切れだけ食べたあの寿司の味は忘れられない。 上の写真は、二回目に熊野へ行ったときの写真。1990年3月22日、熊野本宮大斎原(おおゆのはら)で、寝転ぶ中上健次、新宮の松根久雄さん、そして私。桜が奇蹟のように咲いていた。私以外の二人は、すでにこの世の人ではない。 さまよえば大斎原(おおゆのはら)に桜かな 『楽浪』(書誌山田、1992年) 中上健次追悼句集となる『楽浪』には、この句にかぎらず、思い出深い句が、たくさん並んでいる。 スサノオは滝を振り子として使う 『楽浪』 那智の滝を見ての一句。滝がゆっくりと揺れていた。出雲の建国神スサノオが、時間を計る「振り子」として、滝を操っているように思えた。 海痩せて浜痩せてこの大男 『楽浪』 これは、新宮の三輪崎の漁師さんの家を訪れたとき聞いた話と、中上健次の印象が合体してできた句。「浜が痩せる」と、この漁師さんが言っていたのである。(続) |
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「吟遊」第40号へエッセイ「熊野と中上健次」
「吟遊」第40号へ、エッセイ「熊野と中上健次」12枚を寄稿した。このブログ初期の記事をつなげて、調整した文章。 ...続きを見る |
Ban'ya 2008/09/02 16:25 |
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